マインド オブ ザ トゥルース 1



シャラン・・・シャラシャラ・・・

夏の夜、クーラーを切って開け放した窓から、千羽鶴の舞う音と共に夜風が吹き込む。

緑に囲まれた校内の敷地に建つ寮は、夏場は周囲の樹木が日中の陽射しを遮り、土の地面が熱を吸い取ってくれる。

空調完備でも、ほとんど夜は冷房の必要がない。

自然の風で涼を得ながら、一学期最後の期末考査に向けて試験準備をする。

渡瀬に届けてもらった鞄から、使い慣れた勉強道具一式を取り出した。

それと携帯電話・・・渡瀬の言葉が思い出される。



―三浦は寮へ帰ったみたいだけど、あいつは先生と宿舎に来てたよ。泊まれって言われてたな―



和泉はひょっとしたら、水島と会っているかもしれない。

まだ全てが終ったわけではないけど、少なくとも水島の退学はなくなった。

僕が今二人の心配をすることは、何もない。

それよりも谷口・・・ひと言謝っておこうと携帯を鳴らした。

御幸のことは、言うつもりはなかった。

連絡出来ない何か・・・電池切れだったのかもしれないし・・・。

「もしもし、谷口?」

[ おっ、聡。どうした? ]

のん気な谷口の声音に、構えていた分拍子抜けしてしまった。

「どうしたじゃないよ。医務室まで迎えに来てくれただろ・・・」

「 そうだった!ほんとだぜ、せっかく迎えに行ったのにさ。
聡いなかったから、てっきり怒らせたと・・・うるせぇなっ!静かにしろよ! ]

「谷口?誰かいるの?ごめんね、ひと言謝りたかっただけだから」

谷口の後ろで、何人かの騒ぐ声がした。

スタディルームはもとより、レストルームでも騒がしいのは注意される。

けっこう騒いでいる様子なので、たぶん誰かの部屋なのだろう。

[ 聡が謝る必要なんかねえぞ!・・・っ、いて! ]

「・・・その声、真幸?」

[ こらっ、返せ!俺の携帯だろ!・・・お前ら、勉強する気がないなら帰れ! ]

「谷口?」

[ うるさくて悪いな、聡。伝言の件は真幸に聞いたよ。また御幸具合悪いんだってな ]

「うん・・・。真幸いるの?」

[ ああ、真幸含む落第スレスレ4人組だ。期末の範囲皆目見当つかねぇから教えろって、団体で押しかけてきやがって。
こんなで、受験どうすんのかね・・・ ]

「勉強見てるの流苛君だけじゃないんだね」

[ まったくだ。あ、それから聡が気にするといけないから言っておくけど、俺は御幸のことも何とも思っちゃいないぜ。
どうせ電池切れくらいのことだろ ]

ほんとうにその通りだ。つい自分の都合を優先させて、御幸に不信感を抱いた自分が恥ずかしい。

「ありがとう、谷口」

[ 真幸が御幸にちゃんと言っておくってさ ]

「いいよ、言わなくても!真幸が言うとまたケンカになってしまうから・・・」

[ 大丈夫だって、心配すんなよ。それがちゃんと言えるくらいなら、俺のところに勉強聞きに来ねぇって ]

御幸が真幸に厳しいのは、みんな知っていることだった。谷口も、この部分だけは小声になった。

[ じゃ、まっそう言うことで。またな、聡 ]

真幸たちはまだ騒いでいるようだった。谷口は口早に言うと、ブツッと携帯を切った。

電話を通して聞えていた真幸たちの笑い声。

僕も安心して、携帯を机の脇に置いた。


気掛かりだった和泉や三浦のことも渡瀬が鞄を届けに来てくれたことで、いろいろ話を聞くことが出来たので焦る気持ちはなくなった。

その後は気持ちを切り替えて、試験勉強に専念した。



カタン・・・

風・・・? それは何時間くらい経った頃だろう。

髪を掠め頬に当たる冷気に教科書から顔を上げると、部屋の奥深くサニタリールームの壁に飾られた一輪挿しの花瓶が、カタカタと微かに揺れた。


「風が強くなってきたな・・・窓を閉めなくちゃ・・・」


窓に掛かるカーテンが、千羽鶴の舞を阻むかのように大きく翻っていた。







翌日、日曜日は久し振りの雨天だった。

昨夜は夜半から風が強く吹き出して、翌朝には止んでいたものの窓ガラスが雨粒に濡れていた。

部屋は雨のせいで蒸し暑かった。

空調のスイッチさえ入れれば、いつでも室内は快適な温度を得ることは出来る。

だけど・・・ベッドから起きて朝一番。

窓を開けると雨で冷やされた外気が、蒸し蒸しとした湿気を消し飛ばした。

快適な温度の中にあっては感じ得ることのない、自然の温度差。

夏の日差しにカラカラに乾いていた木々の葉からは、水分をたっぷり吸収した濃い青葉の匂いが漂ってくる。

生の息吹を感じる瞬間。


休日の朝食は食堂へは行かず、部屋で済ませることが多い。

家から送って来たシリアルパックのオートミール。


―あまり好きじゃないから、他のコーンスープとかに変えてよ―


電話で何度も言ったのに。

栄養価が高いからと、僕の意見は全く無視されて定期的に宅配便で届く。

食べずに置いたままにしていると、どんどん数が増えて何だかとてもいけないようなことをしている気分になる。


「あっ、フルーツのがあるんだ。これ、美味しそうだ!」

牛乳をかけて・・・・・・大豆や野菜のものと、あまり大差はなかった。

朝食後、紅茶とクッキーを用意して、机に向かう。

日曜日でも外出の許可は取っていないし、何より試験前に遊んでいる生徒はまずいない。

和泉がいれば、一緒に勉強するはずだった。

今ごろ和泉も、先生のところで勉強しているのかな・・・。

時計を見ると、午前十時を過ぎたところだった。和泉からの連絡はまだなかった。

勉強の手を休めて、携帯を取り出した。

和泉の方は先生や水島がいるので、先に三浦に連絡を取ることにした。



[ ・・・プーッ・・・プーッ・・・プーッ・・・ ]



話中・・・?もう一度掛けても、やはり話中だった。

少し間を置いて、再度掛けてみた。

今度は電源が入っていないメッセージが流れた。

こうなるともうすぐに、和泉の登録ボタンを押していた。

呼び出し音がして、

「あ!和泉!・・・留守電・・・。あの・・聡です。落ち着いたら、連絡待ってます」


結局、三浦とも、和泉とも連絡は取れなかった。


仕方なく携帯を置いて、試験勉強を再開した。


期末が終れば夏休み。復学して初めての長期休暇。

僕の帰りを楽しみに待ってくれている両親に、夏休みも出来るだけ学校に残っていたいと言ったら、きっとがっかりするだろうな・・・。

だけど僕は少しでも長く学校にいたい。

特に渡瀬たち三年生は、この夏休みはほとんど学校で過ごす。

彼らが卒業するまで、学年は違っても同じこの場所で、僕も一緒に彼らと過ごしたい。


そういえば和泉は夏休みをどう過ごすのだろう。

連休の時でも家に帰る様子はなかったし、そもそも和泉から先生以外の家族の話を聞くことはなかった。

避けているわけではないけど、和泉が話さないことを僕も無理に聞こうとは思わなかった。

聞かないから話さない、そんな感じだった。



昼過ぎになって、急に外が明るくなった。

雨が上がり、梢から聞える小鳥の鳴声。

日差しが木漏れ日となって戻って来た。

天気も回復して、部屋の中も自然の光で明るくなったのに、何だか食欲は湧かなかった。

昼食はどうしよう・・・。

食堂に行くのは億劫だし、かといって二食続けてのオートミールは遠慮したい。

一食くらい抜いても・・・。

気分転換に文庫本を手に取って、ベッドに背もたれた。

携帯を手元に置いて・・・和泉がいたら食べたくないなんて言っても、引っ張って食堂に連れて行かれるだろうな。


・・・どっちが子供だよって、笑われるよね。


少し本を読んだら、やっぱり食堂に行こう。




そんなことを思いながら本を読んでいたら、携帯が鳴った。

イルミネーションパネルが【 和泉 】を表示した。 

和泉からだ!

[ もしもし、さと・・・ ]

「和泉!和泉、待ってたんだよ!」

[ わっ!ビックリしたぁ!・・・へへっ、心配してくれてたんだ ]

いつもと変わらない和泉の声に、ホッとしたら腹が立った。

「当たり前だろ!」

僕の剣幕に、和泉は素直に謝罪の言葉を口にした。

[ ・・・悪かったって。心配かけて、ごめん ]

「・・・うん。何事もなかったんだったら、いいよ。和泉、先生のところに泊まったんだってね。渡瀬から聞いたよ」

[ ああ、あいつ・・・。うん、否応無く連行された ]

和泉は渡瀬にもあまり良い感情を持っていなかった。渡瀬のことを、あいつ・・・と煩わしそうに呟いた。

「あはは、今度ばかりは、和泉でも通用しなかったんだ」

[ ちぇっ、兄貴が先生なんて、損だ ]

顔を見なくとも、和泉が口を尖らせているのがわかった。

[ それはそうと、聡、昼メシ食べた? ]

「ううん、まだだけど」

[ 良かった!一緒に食べようぜ ]

「ほんと!?和泉は、もういいの?すぐ食堂に行くよ!」

それまでまったくなかった食欲が、和泉の誘いで俄然出て来た。

[ あー・・・ごめん。その食堂だけどさ、こっちの食堂に来てくれないかな・・・ ]

「えっ、いいの?僕がそっちへ行っても」

和泉の言うこっちの食堂とは、先生や水島のいる宿舎のことだった。

[ ・・・兄貴にはちゃんと言ってるから ]

普段から僕が先生のところへ行くのを快く思っていなかった和泉が、そこに僕を呼ぶと言うのは自分でも面映かったのだろう。

和泉らしからぬ、歯切れの悪い物言いがそれを象徴していた。







寮を出て、宿舎に向かう。青葉の生い茂る中は、午前中の雨でしっとりした空気が漂っていた。

マスクをしているので匂いを感じることは出来なかったが、その分五感の嗅覚以外は敏感になった。


椿の垣根を過ぎると、宿舎の玄関口に着く。

上がり口の花台に飾られたヤマユリの花が、昨日と変わらない風情で咲いていた。


「和泉」

食堂に和泉がいた。

「あんまり兄貴のところへは行くなって言っておきながら、呼ぶのも勝手だと思ったんだけどね」

「僕は呼んでもらって、嬉しいよ」

「・・・ここがそんなに悪いところじゃないっていうのは、わかってたんだ」

「うん、僕も知ってるよ。・・・ここは花に囲まれて静かなところだけど、それだけじゃないことを和泉は知っていたんだろ」

和泉は面映そうに、頷いた。

「賄いのおばちゃんに聡の分だって言ったら、喜んで作ってくれたよ。
聡はおばちゃんにまで受けがいいんだな」

テーブルに二つ、向き合う形で昼食が用意されていた。

「単位取るのにここでお世話になったからね。賄いのおばさんには、残してばかりで怒られてたよ」

笑い話のように言いながら、席に着いた。

・・・不思議だね。

あの時の苦しみが、今は笑って言えるよ。

同時に、つかえの取れたような和泉の笑顔が印象的だった。



和泉と向き合って食べる昼食。

テーブルの中央には、半透明のガラスの器に浮かんだ夏椿の花が置かれていた。

白い花びらがゆらゆらと揺れて可憐な美しさを感じた。

「夏椿の花だ。綺麗だね」

「ん?ああ・・・おれは紅い色の方がいいと思うけどな」

「それは本当の椿だよ。冬でなきゃ」

花に興味のない和泉は、夏の椿も冬の椿も色違いの同じ花だと思っていたようだった。

和泉はご飯をかき込む体勢のまま、顔を上げた。

「ふ〜ん、そうなんだ。それなら、そう言えばいいのにさ」

「そう言えばって、先生のこと?」

「そうだよ。兄貴に同じこと言ったら、急に黙っちゃってさ。
花のことでいちゃもんつけられたのが、腹立ったんじゃねぇの」

「まさか、そんなことで先生は怒らないよ。あっ、でも和泉にならあるかも・・・」

「何だよ、それ!」

大きな声で不服そうに言葉を洩らす和泉の口の中には、まだご飯がいっぱい残っていた。

「もう・・・ちゃんとのみ込んでからしゃべって。そうじゃなくてさ、和泉と先生は兄弟だろ。
お互い遠慮がないってことだよ」

「え・・・んぐっ・・・そうかな?・・・まっ、おれは花の色なんかどっちでもいいんだよ。
そんなことより聡、残すなよ」

「和泉にまで言われたくないよ!」

「へへんっ!おれが聡に言えるのはこれくらいだからな」

和泉にまったく気落ちした様子は見受けられなかった。

食事の間は、他愛ない話や冗談に終始した。


昼食が済んで食後の飲み物を手に再び席に着いたところで、和泉は話を切り出した。


「水島から聞いたよ。・・・聡も巻き込まれたんだってな。足、挫いてるんだろ」

「水島君と会えたんだね。足は、大丈夫だよ。・・・広くとらえるなら、和泉もだよね」

「そうそう三浦にさ、人の話はちゃんと聞けよって、言ってやったぜ。
元々はあいつの勘違いからだろ」

「元々って言うのはおかしいと思うけど・・・。三浦だって同じだよ」

話半分で飛び出して行った三浦がいつまで経っても帰ってこないので、流苛は慌てて先生の宿舎に向かった。

三浦と和泉がカウンセリング室で、先生からケンカの経緯を聞かれている頃だった。

先生は三浦からの話で、取り敢えず三年生のスタディルームに流苛を迎えに行ったものの、姿が見えないことに水島のところだと確信する。


「そりゃ、今になれば一番悪いのは水島だってわかるけどさ・・・」

和泉のその発言は、水島がきちんと和泉に話したことを裏付けるものだった。

「そんな調子で、よく三浦と二人きりで先生を待っていられたね」

「忘れられてるんじゃないかって、心配した」

和泉は笑いながら、その時の様子を話し始めた。


先生が二人に謹慎を言い付けてカウンセリング室を出て行った後、二人とも机の端と端に座ってお互いの存在を視野に入れないという徹底振りだった。

当然会話などなく、三浦は部屋にある本を、和泉は携帯のゲームで時間を潰した。

「・・・携帯のゲームなんて、反省中にすることじゃないよ」

「ゲームっていっても、能力テストみたいなやつだよ!それだって勉強だろ?」

同意を求めて来ることで、先生には認めてもらえなかったことが窺い知れる。


反目しながらもそれぞれに時間を潰して待っていたが、なかなか先生は来なかった。

しびれを切らしたのは、和泉だった。

―兄貴、遅いなぁ・・・。何してんのかな、呼び出し出るかな・・・―

いくらお互い関知せずとは言え、携帯を構えての和泉の信じられない独り言に、三浦はさすがに黙っていられなかった。

―・・・おい、大人しく待ってろ―

―待ってんじゃん。・・・けど、忘れられてるかも知れないぜ。兄貴、忘れっぽいから―

―そんなことは、わかってる―

あっさり自分の言葉を肯定した三浦を、和泉は不思議そうに見つめた。

そしてそれが二人の間に、思わぬ展開を生んだ。


―三浦、兄貴のことよく知ってる?―

―・・・ああ―

―どこで?―

―・・・水島と同じところだ―

―謹慎!?何で?いつ?―

―うるせぇな!知りたきゃ、後は聡に聞け!―

一方的な和泉の話し掛けに、イライラしながらも応じる三浦の姿が目に浮かんだ。

―・・・わかった!最初に三年の奴らとバスケした時だ。その頃だろ?
聡がよく行ってたのは、それでか・・・。他の二人も?・・・渡瀬と谷口―

―さっきから、タメ口聞いてんじゃねぇ。さん&tけろ―



「何かさ、バスケの時は周囲の雰囲気なんかで上級生って感じがするけど、二人だけだとつい同じ年だって意識しちゃうんだよね」



―おれ、聡と同じ年だぜ。さん&tける必要はないね―



「言ったの!?」

「うん。前からあいつ、おれが聡のこと呼び捨てにしてるの、いい顔してなかっただろ」



一瞬だけ、三浦は驚いた表情を見せた。

―・・・ふん、落第か―

―誰が!入学が一年遅れたんだ!―

―入学・・・ああ、一浪か。どっちでも同じじゃねぇか―



「あははっ・・・」

「酷っでぇな、聡。そんな大笑いすることないだろ」

「だって普通なら深刻になるようなことなのに、案外和泉と三浦って合うのかもね」

「合わないよ!あいつ、おれが一年遅れたのは、絶対勉強出来なかったからだって思ってる」

和泉は忌々しそうに、不満をぶちまけた。

「言っちゃって、後悔してる?」

「・・・いや。それよか、聡が大変だったんだなって思った。どっちのことも知ってて、話せないでいたわけだし」

「そう思うなら、仲良くしてよ」

「・・・それとこれとは別だよ」

やられたと、もう一度和泉の顔が忌々しそうに歪んだ。



一方的ながら和泉と三浦に会話が出始めた頃、やっと先生が戻って来た。

―あれ?仲良くしているみたいだね―

―兄貴!あんまり遅いから、忘れてんじゃないかと思っただろ!―

先生は不貞腐れて文句を言う和泉は無視して、まず三浦の謹慎を解いた。

―三浦、食堂に寄ってから帰るといいよ。夕食まだだろ、君の分用意してもらっているから―

―・・・はい。ありがとうございます―

三浦は本を片付けると、再度先生の前に立った。

―あの・・・―

口ごもる三浦に、先生はニコニコと笑顔で答えた。

―流苛だろ、寮の自分の部屋にいるよ。今日一晩は謹慎だから部屋からは出られないけど、
電話くらいなら構わないよ。・・・怒ってなきゃ、いいけどね―

―おれは、怒ってると思う―

この時の三浦の形相はきっと凄かったはずだ。

―・・・俺、これで失礼します。いろいろ、すみませんでした―

―うん―

見送る先生の後ろから、さらに余計なひと言が三浦に浴びせられた。

―三浦ぁ!これからは、人の話はちゃんと聞けよ!―

ドアが閉まると、ドカッ!!と、廊下の壁を蹴る音がした。



「・・・和泉、言い過ぎだよ」

「だって、腹立つんだよ。偉そうに言うくせに、兄貴の前じゃいい子ぶって・・・」

「それは当たり前だろ。和泉だって他の先生の前じゃ、そんな態度出来ないはずだよ」

「わかってるさ!だからその分、いつだって余分に叱られるんだ・・・」

和泉はぷぅっと頬を膨らませて、椅子の背もたれに深く背中をあずけた。

膨らんだ頬に、余分に叱られる不満が表れていた。

「ちぇっ、兄貴が先生なんて、損だ」

電話で話していた言葉を、そっくり同じ調子で零した。



三浦が帰ったカウンセリング室で、先生と和泉が残った。


―おれも、帰っていい?―

―和泉は、他の先生にもそうなのかい―

―・・・・・・―

―勝手に発言するし、勝手に席を立つし。三浦は本を読んでいたようだったけど、和泉は何をしていたの?―

―・・・・・・―

―おおかた携帯でも触ってたんだろ。
携帯まで没収するのは中等部じゃないんだからいいかと思っていたけど、和泉には必要だったみたいだね―



「携帯没収されちゃってさ・・・聡に電話しただろ、返してもらってすぐしたんだ」

「良かったね、早めに返してもらえて」

「・・・きっと聡からの着信音が聞こえて、思い出したんだよ」

和泉はガバッと椅子の背もたれから身を起こし、上目遣いに指を組んでテーブルに肘をついた。


はぁ〜っ・・・大きくため息を吐いて、その視線を泳がせながら首を竦めた。


「・・・いっぱい叩かれた」







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